世界に誇る日本の茶文化と、その歴史。
食事のお供に、食後の余韻にひたる時に、あるいは喉の渇きをうるおすために。私たち日本人にとって、お茶はとても身近な存在です。日本人の誰もが、特別な意識をしなくても日常的にお茶に触れていることでしょう。また一方で、味や香りの追求はもちろん、様々な要素を加え、世界に誇る文化にまで昇華された茶道という芸術も存在します。世界に誇る日本のお茶文化を、皆さんはどれだけご存知でしょうか?今回は、日本のお茶文化と歴史についてお話しします。
1.総合芸術とも呼べる日本のお茶文化。
茶道とは、茶を点(た)て、茶を振舞う行為全般を指します。その範囲はとても広く、茶室や庭などの空間、茶道具を鑑賞する工芸、料理やお菓子を楽しむ食、客人をもてなす点前作法、わび・さびに代表される精神文化など、様々な要素が含まれているのです。単にお茶をおいしく淹れて飲むのではなく、主と客の精神交流そのものを示していると言えるでしょう。また、普段飲みのお茶についても同じ。茶道のような厳格な作法を意識することこそありませんが、どこへ行ってもお茶を飲め、人が来たらお茶を出してもてなすのは日本人にとって当たり前のこと。日本では、日常生活の中でお茶が人と人を結びつけているのです。
和をもって心を通わす日本の茶文化
元々、お茶は中国から伝来されたもの。しかし、中国の茶文化はお茶を美味しく飲むことに重点を置き、主と客の交流を重視する日本の茶文化とは性質が異なります。独自の発展を遂げた日本の茶道は、「もてなし」と「しつらい」の美学。主となった人は庭園を整え、掛物や水指、茶碗などを用意し、もてなしの準備をすることから始めます。そして、茶室の中では身分や肩書きに関わらず、互いの人格を尊重しながら心を通わすのです。一方中国では、闘茶(中世に流行した茶の味を飲み分けて競う遊び)の際の気持ちを、「勝てば仙人になったように偉くなり、近よりがたい。負ければ、投降した将のようにその恥は極まりない」と表すのだとか。味の追求や勝ち負けではなく、和をもって心を通わすことが日本の茶文化の本質だと言えるでしょう。
お茶をどうぞ、で伝わるもてなしの心
禅宗に「喫茶去」という言葉があります。これは、「お茶でも飲みませんか」という意味。唐の時代の中国に趙州禅師という方がいて、初めて会う僧にも以前に会ったことがある僧にも「喫茶去」と言ってお茶を振舞ったのだとか。どんな人にも分け隔てなく接することの重要さを説いたエピソードです。禅宗と結びつきの深い日本の茶文化にも、実はこの「喫茶去」が根付いています。お客様が来られた際、身分や肩書きに関わらずお茶をお出しするのはその表れ。茶道の作法にのっとったものでなくても、私たち日本人には茶文化の精神が受け継がれているのだと言えるでしょう。
2.日本茶の歴史。
お茶が伝来して以来、独自の発展を遂げてきた日本の茶文化。当初は貴族階級の限られた人だけが口にできたそうですが、時代と共に武士階級へと広がり、江戸時代には庶民が楽しむことができるようにもなりました。初めて日本にお茶が持ち込まれたのは遣唐使の時代。中国から帰った僧侶の永忠が嵯峨天皇にお茶を献上したと、日本後記に書かれています。しかし、この時お茶は一部の僧・富裕層に飲まれただけで、広く普及されませんでした。つまり、一度伝来に失敗しているのです。このような歴史をご存知だったでしょうか?ここでは、日本におけるお茶の歴史をご紹介していきます。
本格的な伝来は、栄西禅師が持ち帰った鎌倉初期
1191年、臨済宗の開祖である栄西禅師は宋から帰国する際にお茶を持ち帰りました。そして佐賀県の背振山に種子をまき、これをきっかけに日本でのお茶の本格栽培が始まったとされています。また、栄西禅師は一方で「喫茶養生記」を書き上げ、お茶の効能や製法を紹介しました。その後、華厳宗の僧である明恵上人によって京都に茶園が生まれ、茶園は伊勢・伊賀・駿河・武蔵などにも広がっていきます。
茶道の完成は、安土桃山時代
栄西禅師の「喫茶養生記」は日本での喫茶文化普及に大きな影響を与えます。お茶は武士階級に広まり、足利義満が特別に庇護したことで、後に「宇治七茗園」と呼ばれる茶園も誕生しました。そして、15世紀後半には村田珠光が「わび茶」を創出し、武野紹鴎や千利休らによって「茶の湯」が完成。武士階級に流行し、現在の茶道が完成しました。
庶民が楽しめるようになった江戸時代
江戸時代には、お茶は武家社会に欠かせないものになりました。この頃には庶民が口にできるようになりましたが、彼らが飲めたのは抹茶ではなく煎茶や番茶。しかも、赤黒い色の粗末なお茶でした。そんな中、永谷宗円によって「青製煎茶製法(宇治製煎茶)」が考案され、美しく高品質なお茶が行き渡るようになりました。また、明治初期には牧之原台地(静岡県)などの平坦な土地に集団茶園が形成されるようになり、より広くお茶が普及していくことになります。その後、機械化や省力化、品質の安定化などが進み、私たちの生活にお茶は欠かせないものになりました。
まとめ
いかがでしたか?日本の茶文化の価値や歴史をご存知だったでしょうか。広い意味でのお茶は、世界中で親しまれているもの。国や地域の数だけ、文化や特徴があると言えます。そんな中でも際立った特徴を持つのが、日本の茶文化。その知識や精神を後世に引き継いていくことは、とても大切なのではないでしょうか。お茶を飲む時、少し考えてみてください。